恋愛・結婚によって、ステキな異性と結ばれ、幸せになりたいと思っている人は多いと思います。
その人がまず心に留めておくこととして、「男女の幸せは言語化されないところにある」というのがあります。
Twitterやブログなどで「男女論」を積極的に語る人は、本人が幸せではないからそれをやっているのです。
幸せな人はわざわざ自分が幸せだと言わない
インターネットでは誰もが自由に発言できるので、恋愛や結婚を語る人が多くいます。
ただ、「幸せな人はわざわざ自分が幸せだと言わない」という法則があります。
だから、TwitterなどのSNSをやっていればたくさん見られる「こんなだから私は今幸せ〜♡」みたいな発言は、ほぼほぼ嘘だと言えます。
わざわざ自分が幸せだとネットに書き込んで、それを大勢に認めてもらいたがっている時点で、その人は幸せではないのです。
「普通に幸せな人たち」は、そもそもインターネットに何かを書き込みたがりません。「私たちって幸せでしょ」なんて言っても嫌味にしかならないことがわかっているからです。
ネット黎明期から、「わざわざネットに書き込む人は幸せからは遠い人」というようなことが言われてきました。
「幸福感」とは、それ自体で充足しているものです。よって、わざわざネットで不特定多数に自分が幸せであることを承認される必要はありません。
つまり、ネットで自分が幸福であることを他者に認めてもらおうとしている時点で、自分が幸福であるというのは嘘だということになります。
私たちが普段使っているインターネットは、幸せではない人たちがこぞって何か得体の知れないことを主張したがっている、恐ろしい場所なのです。
幸福な老夫婦はTwitterをしない
街を歩いている幸せそうな老夫婦を見ると、自分まで幸せそうになります。
結婚は、最初のほうこそ幸福度は高いのですが、普通なら年齢を重ねるたびに、破綻の影が色濃くなっていくものです。
人間とは、たとえそれが大切な人であっても、長期的に誰かとずっと一緒にいることは難しいようにできているものなのです。
老人になってまで仲睦まじくいる老夫婦は、まさに「幸せの極地」とも言える存在でしょう。
「人生勝ち組」というのは、良い会社に入ってお金儲けをすることでもなく、大勢にちやほやされることもなく、老人になっても恋人と手を繋いで一緒に歩けることを言うのです。
それでは、最も幸福な二人である、仲睦まじい老夫婦がTwitterで「儂ら幸せ〜♡」とつぶやいたりするのかというと、もちろんそんなことはありません。幸福な老夫婦はTwitterをしません。
ロシアの作家レフ・トルストイは、著作『アンナ・カレーニナ』の冒頭で
すべての幸福な家庭は互いに似ている。不幸な家庭はそれぞれの仕方で不幸である。
と述べています。幸福は似たようなものなのですが、不幸には様々な形があるということです。
Twitterでは、様々な形で不幸な人たちが、様々なことを呟いています。
「羨ましい!」「私もこんなふうになりたい!」とツイートを見て思ったときには、注意が必要です。ツイートをした本人は、そんなふうに思われそうなことを一生懸命考えて書き込んでいるのです。こわいですね。
Instagramならやる場合もある
「言葉(テキスト)」でのコミュニケーションが中心で、議論やマウンティングや罵り合いが起こりやすいTwitterには幸福な人はほとんどいませんが、Instagramにはいる可能性があります。
例えば、夫婦でペアルック風のコーディネートの写真をアップして、世界から注目されたこともある、bon氏とpon氏の夫婦です。
彼らは書籍も販売しています。
幸せな人、あるいは幸せになりたい人は、TwitterよりもInstagramをやるべきでしょう。
幸せなインターネットの使い方は?
昔は、インターネットは不幸な人が主に使っているような場所だったのですが、最近はスマホが普及し、普通に幸せな人もインターネットを使うようになりました。
ですが、これは簡単なことです。
例えば、フォローしている人が結婚したら、「おめでとうございます」とリプライを送ったり、たまたまYouTubeで聴いてみた曲が好きな感じだったら、「最高すぎました!大好きです!」と書き込んでみたりすることです。
TwitterにしてもInstagramにしてもFacebookにしても、ヘビーユーザー(一日中使っているような人)になってはいけません。つまらないことを適当につぶやくくらいのライトユーザーでやっていきましょう。
今や、何をしていても、ネットの言説は目に入ってきます。
- ネットで誰かに承認されることよりも現実の人間関係に目を向ける
- ネットで承認をもらうことに特化した人を尊敬したり羨ましがったりしない
というのが幸せになるコツです。
言語化されないところに幸せはあります。近くにいる人を大切にして、不特定多数に認められなくても幸せだと感じることのできる人生を目指しましょう。
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