現在は、「自由恋愛」の時代です。
生まれや、育ちや、共同体に縛られることなく、それぞれが自由に、「お互いが選んだ好きな人同士で結びつく」ことが、大前提になっています。
女性は男性の所有物ではなく、男女は平等であり、お互いが相手の自由な立場を認めあった上で、恋に発展するのが自由恋愛です。
しかし、男女には「差」があります。
そして、近年のマッチングサービスで、男女の格差が、あまりにも露骨に可視化されるようになってしまいました。
男性よりも女性の価値が高い?
男女の差を表す、客観的な指標は、「お金」でしょう。
「pairs(ペアーズ)」や「ゼクシィ縁結び」や「タップル誕生」のようなマッチングサービスの場合、女性は無料でサービスを使えるのに対し、男性は月額4000円ほどの課金が必要になります。
男女が出会いのために集まる「街コン」「趣味コン」などのイベントでは、女性の参加料の相場が1000円から3000円なのに対し、男性は5000円から8000円です。
最近流行している、普通の男女が一緒にお酒を飲める「相席居酒屋」は、女性は無料で飲食できて、男性が高いお金を払って同席するサービスです。
これらの金額は、需要と供給によって決まります。
男女の自由恋愛が、市場によってお金で数値化された場合、男性と女性の「価値」には、はっきりとした差があるのです。
露骨に言ってしまえば、男性には価値がなく、若い女性には価値があるということです。(あくまで金銭的な尺度で見た場合です。)
「デート代は男性が奢るべき」は正しかった?
このような事実を目の当たりにすると、女性とデートや食事に行ったときは、男性が奢ってしかるべし、という考え方になってもおかしくはありませんね。
「デート代を支払うのは男性」という考え方は、「男女平等」の意識が強くなって、疑問が持ち始められました。
しかし、実際の恋愛市場の格差を見る限り、「やはり男性は女性に奢るべき」となってしまうかもしれません。
自由恋愛の最後の砦は「学校」だったのかもしれない
「学校」というのは、著しく自由が制限された場所でありながら、それでも、ある種の「自由」を担保していた場所とも言えるかもしれません。
学校のクラスメイトや同級生は、全員が同じ立場にあります。
あるいは、閉鎖された場所であるからこそ、恋愛市場に飲み込まれずに済んでいるのです。
「学校」は、男性と女性の、幸せで対等な関係を築きやすい場所です。
現代の多くの恋愛ドラマやマンガが、「学校」を舞台にしているのも、「自由恋愛」が生まれやすい場所だからと言えるでしょう。
高校生のうち、大学生のうちに恋人同士になった人と結婚……というのが理想なのかもしれません。
「結婚」となると話は別?
「恋愛」となると男性に比べて女性が優位ですが、「結婚」はまた話が別です。
「結婚相談所」は、10万から、下手したら100万円以上の料金を支払わなければならない高額なサービスです。
これもまた需要と供給であり、「結婚」となると、女性のほうがしたくてもできない人が多いのでしょう。
「Omiai(オミアイ)」というマッチングサービスは、10代、20代の女性は無料で使えるのに対して、30代の女性は男性と同額の料金を支払う必要があります。
恋愛市場においては、「需要と供給」が、このように残酷に数字になって現れるのです。
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