日本における「男性差別」痴漢裁判、親権、男女平等の歪んだ形

 

世界経済フォーラム(WWB)は、世界各国の男女平等の度合いを指数化した「ジェンダー・ギャップ指数」を、発表しています。

2016年の順位ですが、日本は調査対象の144カ国のうち、111位でした。先進国の中では非常に低い数字です。

男女平等ランキング、日本は過去最低111位 -日本経済新聞

評価方法には、「経済」「教育」「政治」「健康」があります。

日本は「教育」と「健康」は評価されていますが、「経済」と「政治」が絶望的に低く、それで大きく順位を落としています。

日本の女性は男性に比べて経済力が低く、政治的なポジションも得ていないことから、日本は「男尊女卑」の国だと見做されているのです。

一方で、近代国家とは思えないような「男性差別」が、所々に見られます。

その最も分かり易いものの一つが、「痴漢冤罪」でしょう。

女性の証言一つで「有罪」にされる痴漢裁判

三鷹バス痴漢冤罪事件」を知っていますか?

この裁判は、後世から、この時期の日本を表す特徴的な裁判として、教科書に載って振り返られるかもしれません。

路線バスで女子高生の尻を触ったとして起訴された、30歳の中学校教諭の裁判です。
この事件、一審の東京地裁立川支部「倉澤千巌(くらさわちいわ)裁判官」は、被告を有罪にしました。

  • 犯行を裏付ける客観的な証拠は何もなかった
  • バス内の様子はカメラに記録されていたが、尻を触る場面は写っていない
  • 左手で吊革につかまり、右手で携帯電話を操作していた
  • 犯行があったとされる時間帯には、被告は交際相手へメールを送っている
  • 警察が繊維鑑定をしたが、繊維片は検出されなかった

などの客観的な事実を羅列し、弁護士は被告の無罪を主張しました。

しかし、「被害者が痴漢をされたと主張している」という理由で、被告に有罪判決がなされました。

詳細を知りたい方は以下のリンクをご覧ください。

「三鷹バス痴漢冤罪事件」でトンデモナイ有罪判決-togetter

「逆転無罪」を勝ち取ったとはいえ~三鷹バス痴漢冤罪の教訓-BLOGOS

結果的に、被告は二審で逆転無罪を勝ち取るのですが、そこまでに費やした時間と労力、そして苦しみは計り知れません。

女性が「痴漢された」とさえ言えば、客観的な事実や検証とは無関係に、男性は社会的に抹殺されてしまうのです。

このテーマは、映画『それでも僕はやっていない』などでも扱われていますね。

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近代法の原則を否定

推定無罪(無罪の推定)というのは、近代司法の原理原則となる考え方です。

「検察官が被告人の有罪を証明しない限り、被告人に無罪判決が下される」

ということであり、検察側が被告人の罪を立証するのが、本来の手続きです。

一方で、痴漢裁判の場合は、どういうわけか、痴漢をした側が無罪を証明する必要があるのです。

そして、女性側の証言一つで、何の証拠がなくても有罪になってしまいます。

痴漢冤罪を防ぐために車両にカメラを……という主張もありますが、無意味です。
「三鷹バス痴漢冤罪事件」の例もあるように、女性の証言さえあれば、客観的な事実とは関係なく有罪にされる場合があるからです。

これは、仕組みや状況をどうこうという以前の、司法の原理原則の問題であり、日本の司法制度が近代化した価値観を持ち得ていないということに尽きるのです。

長年の法律の研鑽を詰んだはずの裁判官が、もっとも初歩的な概念を理解していないということです。

もし痴漢冤罪を指摘された場合、日本の司法が正当に機能することを信じて、駅員についていってはいけません。路線に飛び降りて全力で逃げましょう。

母親が有利になる親権争い

また、日本で特徴的な「男性差別」に、子供の親権問題があります。

夫婦が上手くいかなくて離婚する場合、どちらが子供の「親権」をあずかるか、裁判になることもあります。

実際には裁判の前の「離婚調停」で決まることも多いです。

親権を判断するポイントとして

  • 親の子供に対する愛情
  • 子供自信の意志
  • 経済力
  • 育成できる状況が整っているか

などが加味され、どちらの親が親権を獲得するか決まるという体になっているのですが、ほとんどの場合は母親に親権がいきます。

仮に、妻の浮気が発覚して離婚という話になり、また働いている夫に経済力がある場合でも、妻が主張すれば親権は母親のものになるでしょう。

調停では、面会の頻度や、1回の面会で何時間まで一緒にいることが可能か、などが話し合われます。その場合も、母親側の主張が顕著に通りやすくなっています。

経済力(収入の過多)は子供を育てていく上で重要な要素ですが、親権を持てなかった側に養育費の支払い義務があるので、重要なものとはあまり見做されないようです。

今まで夫婦で子供を育てていて、母親側の意志で離婚を決めた際、父親側は今まで通り養育費を支払いながらも、別居せねばならず、面会は月に1回しか許されないという判決が、普通に下されます。

日本において、結婚という仕組みは母親に有利なものであり、積み重ねられた判例はそのようになっているのです。

日本はシングルマザーの貧困率が非常に高いのですが、仮に父親に非がなくとも、離婚すれば母親のほうに親権が行ってしまう慣例も、その問題の背景にあるのでしょう。

男性差別は「バランスのとり方」なのか?

性的な犯罪や、親権において、「男性差別」としか言いようのないものが行われているのは、男尊女卑だった社会の反動とも言えます。

経済や政治で活躍するのは男性だから、性や子育ての領域では女性を優遇してバランスをとろう、となっているのではないでしょうか?

近代国家にあるまじき中世的な考え方になっていて、それはそれで理屈になってはいるのですが、様々な面で問題があることは明白です。

そういう形の「女性優遇」は、長期的に見れば、真の男女平等を目指すうえで悪影響が大きいです。

女性の政治進出は支援しなければならないし、育児と仕事の両立ができるようにサポートしなければなりません。

一方で、司法の原則を無視して女性を優遇し、男性を裁くようなことも、絶対にあってはいけません。

性犯罪や育児において、「男性差別」的な慣例を是とする「女性の味方」がいますが、長い目で見れば、それは女性の社会進出の障害になっていると言えるでしょう。

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