虐待するような親が結婚し子供を持っているという事実にどう向き合うか

 

「結婚」は難しいし、「子育て」も難しい。

親世代よりも年収は低くなっているし、自分の勤め先がこれからどうなるかもわかりません。少子高齢化も進んでいきます。

「会社を放り出されたら再就職できるのか?」「もし病気になったりしたら社会に復帰できるだろうか?」「その時子供がいたら、その面倒は誰が見るのだ?」

色々と考えてしまいますよね。

先のことを考えれば考えるほど、自分には結婚も出産も子育てもできないという気持ちになってしまいます。

「考える」ことの呪い

人は考えてしまいます。

「自分は結婚することで幸せになれるのか」「本当にこの人で大丈夫なのか?」「幸せな結婚生活なんて送ることができるのか」「子供を産んだとして、まともに育てられるか」「しっかりした教育を受けさせてあげることができるだろうか」

……などなど。
教育をしっかり受けて、自分自身を反省できて、未来から逆算して考える力を身に着けた人間ほど、このような「考えること」の呪いにハマってしまいます。

そして、そのような人にとって、少子高齢化などの未知の脅威が進んでいき、様々な機能不全が噴出していくこれからの未来に、希望のあるロードマップを引くことは不可能のようにも思えるでしょう。

しかし、「考えてしまう人」がこれほどまでに難しいと思っている結婚や出産を、「考えない」人はいとも容易く成し遂げてしまいます。

考えなければ結婚も出産も簡単

テレビに出てくる子沢山で知られる某ダディなどは、その場その場の問題は対処していると思いますが、未来のことをちゃんと考えて行動しているようには到底思えません。

何も考えないからこそ子供をたくさん作れます。

いくら「結婚」や「出産」が難しいと思えても、児童虐待をしてニュースになるような親が、普通にそれを行っているのです。

将来のことを真剣に考える人ほど、「しっかりと子供を育てなければ」と思ってしまう人ほど、子供を作るのを諦めてしまい、産んだ子供を虐待してしまうような親が、何も考えずにポンポン子供を産んでいきます。

そのような皮肉的な仕組みが、人間には設定されているのです。

「考える」力の敗北

義務教育は「考える」力を養い、マスメディアなどからも「高学歴や頭の良い人はすごい」というメッセージが伝えられます。

真面目な人ほど「考える」力を大切なものだと思いながら成長していきます。
それは別に間違ったことではありません。

しかし、意識すべきは、「考える」ことには一長一短があるということです。
考えることにも副作用はあるのです。

将来のことを真剣に「考える」人ほど、子孫を残せなくなってしまう……これはある種の敗北であり、そのような敗北と向き合って生きていかなければならないのが、これからの社会です。

考えた後の世界

あるいは、身も蓋もないことを言えば、「中途半端に頭が良くなった人間は死ぬ」ということかもしれません。

たいした能力もないのに「考える」ことを覚えてしまった人類の種は滅びるのです。

しっかり考えることのできるあなたのDNAは途絶え、何も考えない動物に近い人間が生き残ります。

そう考えると、悔しいですね。

皆さんもいざとなったら、考えることを放棄して、がむしゃらに、そして寛容に、「どうせなら!」と思ってめちゃくちゃな子作りをやってみてはどうでしょうか?

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